【自動書記】自然と人類 1-9

心の指針(二)
自然と人類

大河たいがの流れは洋々ようようとして大海たいかいに入っているように、その水源はどうなっているのか深く考えたなら、俗世の認識はすべて一様に、時の流れの中にある自然のいとなみであると解釈することが出来るが、その水流は何故延々えいえんとして続いているのであろうか。人々は己の心に当てめて考えている人は、ずいないと言ってもはばかりはないであろう。

人類誕生の謎について解き明かすことに、いたずらに学識を量ることを重ねたとしても叶わないことであって、それより何故おのれたち俗世ぞくせに生存しているのか、振り返って考え研究することが大切ではないだろうか。

自然は慈母じぼの如く大きな胸の中に人々を抱き、いろいろな教訓をさずけて見守り、時には厳しく様々な現象をもたらしながら人々の心を育んできたが、人々は自然の恩恵に振り返って考えて見るどころか、己達の自我欲望をき出しにして、自然の破壊に繋がる環境汚染を続行して、どうして自然の恵みに背を向けているのであろうか、その見返りが求められたとしても、人々には誰が異議を申し立てが出来るであろうか。

人々の多くは己達の健康管理に様々の方法で取り組んでいるが、どうして次から次へと原因不明の病が発生しているのか、人々にはその論拠ろんきょを得るのは程遠いと言えるであろう。一般的の知識では環境汚染が、時々の変形した自然現象の発生が原因と言われているが、天が定めている還元かんげんもとづく、地球の流転るてんによるためであると考えることが妥当だとうである。

多くの人々にとっては心眼しんがんが備わっていないこともあって、様々な自然現象の発生の時期・規模など予知することが不可能であるため、筆者が天上との想念そうねんにより示達じたつされた、ごく一部について参考までに付記ふきするが、世の中は暗迷あんめいな道へと進み経済状況の回復は望むことは出来なくなり、かんばつ洪水は世界各地に格差格差かくさ断片だんぺんとして増大し、ノアの方舟はこぶねの再来は何時訪れても何ら不思議でない、世を迎えることになるであろう。

次回は、12月8日(水)「心の指針(三)心生への旅路」についてお話します。

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