【スピリチュアル】心はどこから来たのか

今回の自動書記にある、「優れた微妙な法を唱えたとしても、正しい心を備えていなかったら、天上の教えを理解することは出来ず、、」の「正しい心」というのは、「死後の世界がある」と信じる中で、教えを聞くということかと思います。

以前は、なぜ精神統一や瞑想、坐禅をするの?ヨーガの最終目的が悟りなのはどうして?悟りや三昧ざんまいとは?空?無??と、自分の中で疑問に思っていました。

さまざまな教えを聞いても、自分の中であまり納得できる答えは見つかりませんでした。

しかし、「霊界はある」「死後の世界は存在する」ということが理解できたとき、今まで分からなかった答えが、点と点でつながっていったように思いました。

この世の中は、目に見えるものと、見えないものの両方が合わさった世界です。

人間で言えば、体と心です。

2つのものが同時に存在している世界で、目に見えるものだけを頼りにすれば、物事の本質を理解することが難しくなります。

そして、目に見えるものを頼りに、物事を説明しようとした結果、理解が難しいものがうまれてしまうのだと思っています。

目に見えない世界は、必ず存在します。自分自身をよく観察すれば、理解できるはずです。

心はどこから来たのかと。

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