本読み・得難くして移り易きはそれ人身なり

 2020年1月6日(月)の満福寺ヨーガ教室では、「得難(えがた)くして 移(う)り易(やす)きはそれ人身(じんしん)なり」というお話に、私の感想を加えてお話をさせていただきました。
(出典:『みちしるべ正語』pp.27-31)

 『法句経(ほっくきょう)』という経典があります。仏陀(ぶっだ)の教えが詩の形で端的(たんてき)に説かれているものです。その中の一句に、
 
 人の生(しょう)を
 受くるは難(かた)く
 やがて死すべきものの
 いま生命(いのち)あるは有難し 
 
 というものがあります。考えてみますと、この世界には昆虫から巨大な動物まで、あるいは鳥や魚、さらにはさまざまな植物まで入れて、どれほど多くの命あるものが棲(す)んでいることでしょう。その中で人間として生まれてきたことは、なんという稀少(きしょう)なことか。

 ところが残念なことに、いったん生まれたが最後、必ずその終わりには死が待ち受けているのです。「生は偶然、死は必然」と言われるゆえんです。

 得難くして、移り易きは、それ人身なり

 という、本章のことばは、伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう)がそのような仏陀の尊い教えを、時の人びとを救いに導こうとして書かれた、「願文(がんもん)」のなかに引用されたのです。
 
 ことに「移り易き」ということばには、無常の理(ことわり)が強く響いているように思います。形あるものは必ず壊れるのが、自然の道理です。生じたものが必ず滅することは必然です。自分の人生が、やがて死によって閉じられることぐらい、人間ならば言われなくても、誰でも知っているでしょう。
 
 われわれは、自分の死というものをしっかり予期していても、それがいつ到来するかについてまでは、自分から考えたくない、というのが人情というものでしょう。しかし伝教大師の言われる「移り易き」という語は、「お互いにもっと無常というものについて、はっきりとした自覚を持たなければいけない」ということを、自分についても、また他人に対しても、言おうとされているのだと思います。

 人間としては死そのものよりもむしろ、存在を死へ引き寄せる時の経過、すなわち「無常(むじょう)」の方が、もっともっと切実に感じられなければならない、ということではないでしょうか。

【感想】
 お話にあるように、この世のすべてのものは移り変わることを知ることが大切です。そうすることで、楽しく幸せなときや、辛く寂しいときも、いつか終わりがくるのだと心構えができます。

 そして、そのような理解によって、今を大事にできると思います。全てのものは移り変わるという自然のルールを受け入れることで、変化に対する執着から離れ、今ここにあるすべてのことに感謝の心をもって頂くことにつながっていくと思います。

関連記事

PAGE TOP