本読み・言いたいことは明日言え

2018年11月10日(土)の満福寺ヨーガ教室では、
「言いたいことは明日言え」というお話に、私の感想を加えてお話をさせていただきました。
(出典:『新々みちしるべ 福徳』pp.51-55)

表題の言葉は経典の引用ではなく、世間に流布(るふ)していることわざ、格言の一つです。

「口は災いの元」とも言いますように、とかく私たちは言わなくてもいいことを軽率に言ってしまい、あとで後悔するということがよくあります。
心に思っているだけでは外から見えませんが、いったん口に出してしまうと、取り返しのつかないことになります。
それゆえに、言葉に関する戒(いまし)めは洋の東西を問わず、どの世界にも同じような格言があるようです。

現代の社会生活の中では、一般に弁舌さわやかに話のできる人を評価する傾向があります。
面接試験や会議の席では、明瞭(めいりょう)に自分の意見を発表することも大切でしょう。しかし、いにしえの賢人たちの教えを聞けば、言葉巧みであることはむしろ戒められていることが多いようです。

釈尊の言葉を記した初期の経典の一つである『スッタニパータ』には、底の浅い小川の水は音を立てて流れるが、大河の水は音を立てないで流れる。と説かれています。
これは、人の話す言葉を水の流れる音に譬(たと)えられたものでしょう。
浅い川が音を立てて流れるように、口数の多い人は思慮が浅い。底の深い大河が音を立てずに流れるように、思慮深い人は口を慎(つつし)むものだ、という教えとうかがえます。

私たちの日常生活において、言葉が招く失敗の場面を振り返ってみると、軽い考えで嘘を言ったり、その場限りのお世辞を言ったり、また口がすべって人の悪口を言ったり、あるいはつじつまをあわせようと二枚舌を使ったり、そんなことに明け暮れしているように思われます。

「言いたいことは明日言え」という戒めを守って明日まで言わずにいると、たいていのことは言わなくても済むようになるのではないでしょうか。
そう考えると、この教訓は「明日言う」ことに意味があるのではなく、ざわめく心のままに言葉を口にしたり行動したりすることをつつしみ、いつも落ち着いてものを考え、しずかに自分の心を見つめることが大切だと教えているように思われます。

『法句経(ほっくきょう)』に、「おのれを抑えることと、多くしゃべらずにじっと考えることは、あらゆる束縛を断ち切るはじめである」と説かれていることを、よくよく味わいたいものです。

【感想】
私たちは普段、自分の思い通りになって欲しいという心や思い通りにならない感情から言葉を発してしまうことがあります。
しかし、お話にある「言いたいことは明日言え」というのは、一度考えることで、それらの心と向き合い、反省するきっかけになると思います。
自分の中で思ったり、感じたりしたことをそのまま口に出すのではなく、その時の自分の心を見つめることで、移ろいやすい自分勝手な心を調えることができると思います。
そのように自分の心を整理していくことで、普段余計なことを口にしないだけでなく、落ち着いた心で毎日をすごしていくことができると思います。

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