本読み・捨ててこそ

2018年9月26日(水)の満福寺ヨーガ教室では、
「捨ててこそ」というお話に、私の感想を加えてお話をさせていただきました。
(出典:『みちしるべ 正思惟』pp. 125-129)

私の好きな経典の言葉に、

人間は世間愛欲(せけんあいよく)の中にありて、独りで生まれ独りで死に、独り去り独り来る

とある。人間は様ざまなとらわれ(煩悩)の中にあるが、結局独り生まれ独り死に、独り去り独り来るのである、ということである。

そのあとに、「身みずからこれにあたりて、代わるものあることなし」、 私自身がこの独りの人生を生きていかなければならず、誰一人として代わってくれる者はいない、とある。どんなに愛する人であっても、その人の病を代わってあげるわけにはいかない。代わりに生きていくことなどできないのである。

私が学生にこの話をすると、多くの学生は「それじゃあ、あまりにも淋しすぎる」と言う。皆一緒にいるだけで私たちは心が通い合っていると思っている。しかし、心は行き違いばかり。人間は結局「独り」という深いめざめの中で淋しさを知る。あなたは私になることはできない。あなたは私になれない。このことを自覚した時、人は他人に優しくなれるのではないか。本当の淋しさを知った者が、人に優しくなれる。この独りの自覚を私たちは忘れているのではないか。

捨てられることの解放性。そこにこころのやすらかさが生まれる。

【感想】
私たちは、身の回りからものやお金がなくなり、頼る人もいなくなってしまうと、とても不安な気持ちがすると思います。
しかし、仮にそれらの全てが揃っていたとしても、そこから得られる安心感はいっときのものであり、それらは自分が生きていく上で自分にとって本当の支えとはならいと思います。
本当に頼れるものは、自分の外にある目に見えるものではなく、自分とその心のあり方しかありません。お話にあるように、自分は独りであり自分の人生は自分で生きるしかないことを知り、日々の生活の中で心を磨き高めていくことで、自分の周りの状況に関わらず、安らかな心で毎日を過ごすことに繋がっていくと思います。

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