本読み・案ずるよりも産むが易い

「案ずるよりも産むが易い 」
(出典:『新々みちしるべ 福徳』 pp.94-98)

この言葉は、一般によく知られたことわざで、もともとは出産を間近に控(ひか)えた女性に対して、その不安を和らげるための教訓として用いられたもののようです。それが一般化されて、何もしないで考えてばかりいるよりも、行動することで道は開けるという教訓となったのでしょう。

私は、このことわざの中から、二つのことを学ばせていただきたいと思います。

第一は、「案じる」ということの中身について考えてみることです。私たちが、あれこれと思考して行動が鈍(にぶ)るのはなぜかと考えてみますと、それは多くの場合、結果の成否を気にしすぎているからではないでしょうか。

右に行くべきか、左に行くべきか、人生には迷う場面が沢山あります。しかし、どちらがうまくいくかは誰にもわかりませんし、両方やって結果を確かめることはできません。だから、多くの人はあれこれと迷うのでしょう。けれども、うまくいくことが成功で、うまくいかなかったら失敗なのでしょうか。もしそうだとしても、成功だけが価値あることで、失敗には意味がないのでしょうか。そのように結果にとらわれるから、考えすぎて何もできず、結局、いつまでたっても道は開けないということになるのではないでしょうか。

しかし、結果ではなくそれに至るプロセス(過程)に意味を見いだせる人は、どのような結果になるかを案じる必要がなくなります。たとえ思ったような結果にならなくても、それに至る道筋から何かを学ぶことができるからです。

第二に考えてみたいことは、人生において大切なことは理論よりも体験から学ぶことがあるということです。

仏教の教えの立場からいえば、仏道は、私たちが日常生活の中で歩む実践の道としてあるということです。

仏教が最終的に目指しているのは智慧であるとしても、それは机の前に坐ってあれこれ考えていれば手に入るというものではありません。

それは、仏教があくまで実践を重んじる「行の宗教」であることを示しています。

仏教が行の宗教であるということは、必ずしも特別な難行苦行をしなければならないという意味ではありません。釈尊の教えを単なる理論、教義として学ぶのではなく、日常生活の中のさまざまな体験を通じて、教えを学び、受け止めていくことが大切だということです。

【感想】
健康や美容のために、食事や運動、睡眠などについて考えた経験はみなさんにもあるかと思います。今日では、これらについて様々な理論や成功した例を知ることができ、知れば知るほど何が自分によいのか決められないこともあるかと思います。
私はここで大切なことは、結果ではなくその一つ一つの過程を大切にして実際にやってみることだと思います。失敗を含めた多くの体験を通じてこそ、自分の体とこころを知ることができます。そのように他人の成功体験や批評からではなく、自らの実体験を通じて得たものが、最後まで自分を支えてくれるのだと思います。

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