本読み・足るを知るは第一の富

「足るを知るは第一の富 」
(出典:『新々みちしるべ 福徳』pp.147-151)

暉峻淑子(てるおか いつこ)さんは、『豊かとは何か』という書物の中で、

経済価値だけが突出して、より多くのカネとモノを持つことが最大の願望となっているような社会では、個人もまた社会の流れに押し流されてバランスをくずし、充足することのない人間になってしまう。いかに自分らしい、よき人生を生きるか、ということよりも、いかに多くの富を持つか、ということに関心が集中してしまう。

と述べ、充足することを知らない現代に警鐘(けいしょう)を鳴らしておられます。

「夜回り先生」として世に知られた水谷修さんは、ラジオのインタビュー番組で、現在の日本は暴力的社会になっていると指摘されていたのが心に残りました。

一流大学を出て、一流企業に就職して、高級マンションに住んで贅沢な生活ができるようになった人が勝利者であるといった考えが蔓延(まんえん)し、学校も家庭も、そうした競争の中に子供たちを追い込んでいる。そのレースに勝ち残れる者は少数で、多くの子供たちは疲れ果て、その結果、元気のある者は暴走し、おとなしい子は引きこもり、あるいは行き場を失って街をさまよっている。あの子たちは、そうした社会の犠牲者なのです、と語っておられました。

京都・竜安寺(りょうあんじ)にある有名なつくばいは、真ん中の部分を「口」という字の形に見たて、その上下左右に字が彫られています。これを「口」と合わせて読めば、「吾、唯、足、知」となり、「われ、ただ足るを知る」という言葉となるのです。「もっと、もっと」と求める心の愚かさに目覚め、足るを知ることが真の豊かさを生み出すものだということを示したものでしょう。

真宗大谷派の僧・藤場美津路師の「仏様のことば」と題する詩を味わってみましょう。

お前はお前で丁度よい
顔も体も名前も姓も
お前にはそれが丁度よい
貧も富も親も子も
息子も嫁もその孫も
それはお前に丁度よい
幸も不幸も喜びも
悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は
悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度よい
地獄へ行こうと極楽へ行こうと
行ったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく卑下(ひげ)する要もない
上もなければ下もない
死ぬ年月さえも丁度よい
仏様と二人連れの人生 丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時 憶念(おくねん)の信が生まれます
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)

【感想】

お話のテーマである「足るを知ること」は、ヨーガの最も古い経典である『ヨーガ・スートラ』にも、守るべき5つの項目の一つとして挙げられています。そこでは、「知足によって無上の喜びが得られる」と言われています。私は、この知足というのは、「全ての欲を無くし、これ以上求めないこと」というよりも、「今の自分に目を向け、すべてのことに感謝をすること」であると思います。自分が今ここにいること、呼吸ができること、体があることなど、普通は当たり前と思われているすべてのことに感謝をすることで、周りとの比較ではなく、自分の中に深い喜びを感じることができると思います。

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