【自動書記】お釈迦の求めた道 2-2

人の道
釈迦しゃかの求めた道

釈迦牟尼しゃかむにと称される人物、恵まれた家庭環境に育ったが、自分が求めようとする心に相反そうはんする道に進むようにすすめられたために、恵まれた生活環境を捨てることをしまず、自分の意志をつらぬく道に進んだのであった。

その心といえば潔白けっぱく、世のため人のために決心して、先づ修行のために知識を身に着けるべく仏門ぶつもんゆだねた。しかし自からが求めようとしている心を求めることができず、自らの意志で浪浪ろうろうの旅に出た。

時には迫害はくがいに、自然の厳しい試練を受けて食べ物にも困り、雷雨に打たれ、又自分の病とたたかいつつ、自分の心を求める道をおこたることがなく、人々に天の意図する人として歩く道、つまり心について伝導を続けた。

世の中の推移すいいを見極める知慧ちえ智勇ちゆうを備え、心にわだかまりをいだくことがなかった。同人は多くの人に左記さきのようにも語っている。

「自分の心に何を求めようとしているのか、自らの心に問うことが大切である。皆さんの心は神に通じ、肉眼では見えない糸でつながれているが、そのことが理解できないで、どうして神は皆さんを導くことができるであろうか。」

ある時、お釈迦様が門徒もんと説話せつわするにあたって、次のことを質問した。

「なぜ人々は人各々の考えが生まれたのか」

すると異口同音いくどうおんに、頭脳の働きに他ならないと答えた。するとお釈迦様は、

「人の心は各々の肉体に宿ったことに他ならない。なぜ心の働きは人間の五体すべて関わりのあることが理解できないのか」

と、もらして天をあおいで嘆息たんそくした。


次回は、3月2日(水)「人の道 鑑真、孔子の求めた道」についてお話します。

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