本読み・常が大事

 2019年11月4日(月)の満福寺ヨーガ教室では、「常が大事」というお話に、私の感想を加えてお話をさせていただきました。
(出典:『みちしるべ 正思惟』pp. 36-40)

 平素が大事と言われても、平素、普段は極めて平凡だからなかなか大切にできない。いつも会っている人にはかなりぞんざいに接していないだろうか。粗末にしてはいないだろうか。身近な人ほどその人が見えなくなっているのである。

 平素にしている人にこそ優しくしなければならないのであるが、なかなかそうはいかない。

 私の周囲に社交的で明るくふるまう人がいる。誰とでも親しくなれて、好感をもたれている。しかし、家にいるとき、人に会っていない時はいつも不機嫌なのである。まわりがみな困っている。しかし、そんなことを注意すると、手も付けられないくらい怒り出す。こういう人も多い。

 「常が大事」このことを自分に課することはとても困難だ。

 しかし、私はいままでにこのように身を慎んでいる人にずいぶんと出会ってきたような気がする。いつも淡々と語り、淡々と行い、淡々と生きている人に出会う。

常を大事にすることを心がけたいものである。それは、本分をわきまえるということになろうか。そこから光がさしてくるに違いない。

【感想】
 私たちは普段の生活の中で、多くのものごとを当たり前であると思い、それがどれだけ有り難いことであるかを忘れてしまうことがあります。特に、両親や身近にいる家族は、常にいて当たり前だと思ってしまい、ひどい接し方をしてしまうこともあるかと思います。

 しかしお話にあったように、大切なことは、身近な人やものごとに対してどのような態度をとるかということです。今目の前にいる人やものごと、またモノや植物・動物に至るすべてのものに対する態度や接し方が、今の自分であり、本当の自分であると思います。

 毎日一緒にいる人や毎日繰り返すものごと、その場を共有しているもの全てに感謝の気持ちをもって接することで、普段を大切にすることができるのだと思います。

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